メキシコ

メキシコ人の生き方とメキシコ人との付き合い方

前回の記事(「MUST」と「CAN」の世界)で少しメキシコの貧困問題に言及した。そうした面も含めて、メキシコに住んでいる身として、メキシコのことをより多くの人に知ってもらい、メキシコへの駐在予定がある人や、メキシコへの移住を考えている人の役に立てれば。

メキシコという国

まずはメキシコとはどのような国かを日本と比較しながら見ていく。

基本情報

人口: 1億2758万人 (日本: 1億2686万人) *2019年

面積: 1,972,550㎢ (日本: 377,976㎢)

GDP: 1兆1924億8000万ドル (日本: 5兆3781億3600万ドル) *2021年

平均寿命: 78.9歳(女性)、73.1歳(男性) (日本: 86.9歳(女性)、81.5歳(男性)) *2019年

人口はほぼ日本と同じ、面積は日本の約5倍、GDPは日本の約5分の1と言った感じである。ちなみにスペイン語圏の国の中で、メキシコは最も人口が多い国であり、GDPはブラジルに次いで中南米で2位である。平均寿命は男女ともに日本の方が8年近く長い。

メキシコの歴史

メキシコ合衆国として独立を果たした(宣言した)のは1810年9月16日で、この日は今もメキシコで独立記念日として街全体、いや国全体がお祝いムードに包まれる。9月はメキシコが独立を果たした月として、各地で様々な催しが行われており、重要な月である。

VIVA MEXICO! メキシコ万歳!という意味

中世〜植民地時代

15世紀頃まで、現在メキシコがあるエリアはマヤ文明アステカ文明といった先住民文明の拠点として繁栄を極めていた。

16世紀初頭にスペイン人が上陸し、執拗な大虐殺を繰り返し行った末、アステカ帝国を滅ぼし、植民地とした。約300年に渡り、スペインによる支配を受けた。

独立

18世紀になると、アメリカ独立戦争やフランス革命等、世界的に広まった独立運動や革命に影響される形で、メキシコでも独立の機運が高まり、上述した通り、1810年9月16日に独立を宣言した。

独立革命は長く続き、1821年にメキシコ帝国が建国された。去年はこの建国から200周年の記念の年であり、コロナ禍がなければ本来非常に大規模なイベントが行われていたと思われる。

その後も混乱が続き、1823年に帝政が崩壊し、メキシコ合衆国となった。独立後も内戦が続き、農鉱業等の産業の生産力の低下、流通の混乱等の問題が続出した。1846年には元々メキシコ領から独立した現在のアメリカ・テキサス州をめぐって米墨戦争が勃発したが、メキシコシティを占領されたことで、1848年に敗北、テキサス並びにカリフォルニアなどの領土を失った。

その後もアメリカとの関係は悪いままだったが、ナポレオン3世によるメキシコ出兵を経てメキシコシティが陥落、フランスによる傀儡政権が樹立したが、アメリカの支援を得て主権を取り戻した経緯から、現在に至るまでアメリカの影響を強く受けている

現代

1910年には大統領選挙で、当時30年以上に渡り強権的な独裁体制を敷いていたディアスが対立候補を逮捕監禁したことをきっかけにメキシコ革命が発生、再び内乱の時代に陥った。1917年に革命憲法が発布されたことで革命が終了したが、しばらくは政情が不安定な時代が続いた。(このことにより1940年まで革命が続いたとする者もいる。)革命が始まった11月20日は現在では革命記念日として祝日となっている。(日本と同じようにハッピーマンデー制があるため、11月の第3月曜日が休日となる。)

1980年以降は麻薬カルテルの抗争により治安が悪化、大統領の兄が麻薬取引に関与した疑いで逮捕され、アメリカに出国、事実上亡命するなど、政府の中枢部まで汚染され尽くした。ちなみに2018年の「世界の公務員の腐敗度ランキング 2018」で180カ国中138位で今でも政治への不信感は強い

長きに渡った米ソ冷戦が終わり、アメリカからメキシコへの支援が止まり、さらに麻薬カルテルとの癒着が強まったことにより、当時の政権与党の信頼は失墜、1934年以降続いた一党支配の時代が終わることとなった。

この長期政権により、油田国有化事業や土地改革等を経て、国内の経済構造は安定化した。一方で、近代工業化の過程で莫大な対外負債を抱え、慢性的なインフレと一部富裕層への富の集中、資源価格の暴落による経済危機、大統領選での不正疑惑等、現在の問題に繋がる負の側面もあった。

直近では原油価格の高騰や1994年に発効されたNAFTA締結後の輸出量の増加、内需拡大傾向を受けた中流層の増加等を背景に、今後発展が見込まれる国々の総称であるネクスト11の一角に数えられている。

日本との関係

1609年にフィリピンからメキシコへ向かっていた一行が千葉県の御宿海岸に座礁した際、地元の漁民に救助され、本田忠朝が歓待、徳川家康が用意した帆船で送還したことから、日本との交流は始まった。

日本が鎖国をやめ、諸外国と通商条約を結んだ中で、1888年に締結された日墨修好通商条約は日本にとって事実上初めての平等条約であり、現在でも諸外国の駐日大使館のうち、メキシコ大使館のみが東京都千代田区永田町に存在している。

19世紀末から第二次世界大戦終了後まで、日本からの移民が始まり、延べ1万人余りの日本人が移住、現在でも日系メキシコ人としてメキシコ各地に多く居住している。

経済面ではAPEC、G20、CPTPP、OECDに共に加盟している。2005年の日墨EPA(経済連携協定)が結ばれて以降、貿易が急拡大した。日本からは主に自動車部品を輸出、メキシコからは電気機器や化学工学機器を輸入している。今後はCPTPPにより更なる貿易の拡大が見込まれている。

メキシコの高齢化の見通し

メキシコは日本とほぼ同じ人口であるが、人口構成は大きく異なっている。

メキシコの人口ピラミッド
日本の人口ピラミッド

一目瞭然で、日本が圧倒的に少子高齢化が進んでいることがわかる。日本人全体の平均年齢は48.4歳である。一方でメキシコはまだまだ現役世代が多く、メキシコ人全体の平均年齢は29歳となっている。ぼくが今勤めている会社でも、平均年齢は28歳、他の日本人が全員40代であることを考えると、メキシコ人だけでの平均年齢はもっと若いはずだ。ぼくも31歳なので既に平均年齢を上げる側になっている。

一方で、メキシコも日本と同様に今後少子高齢化が急速に進むと考えられており、2015年時点で人口の9%が高齢者だったのに対し、2050年には28%まで高齢化率が高まることが予測されている。

メキシコで仲良くしている友人の母親(現在57歳)は13人きょうだいである。以前はこのように非常に多くの子供がおり、子供たちが親の老後の生活を支えていくというモデルが成立していたが、少子化によりきょうだいの数が3−5人程度(それでも日本に比べると非常に多いが)となり、徐々にこのモデルが崩壊しつつある。

メキシコ人の老後

こうした中で、一般的な65歳で退職した後の生活については、リッチに生活できる人はわずか1%、4%が自立した生活ができる人、5%が自営業などで働き続ける人、61%が貧困層となり、29%は亡くなると予測されており、貧困は大きな社会課題となっている。

 

 

 

 

退職後の生きる方法

一方で、退職後どうやって生きていくかというアンケートでは、何も考えていないという人が51.3%に達し、次いで年金が33.0%、自営業が7.7%、自身の貯蓄が3.3%、神様が助けてくれると考える人が2.3%、自分の子供たちに頼る人が2.0%となっている。

神様が助けてくれるという考え方が非常にメキシコらしいと感じる一方で、何も考えていないという人が半数を超えているという結果に驚かされた。

年金と答えた人もそれなりに多いが、メキシコは現在少子高齢化を見越した年金制度改革中で、最低750週間年金を納めた人のみが生涯年金を受け取れるという仕組みである。(ちなみにこの最低納付週間数が現在毎年伸びていっており、2021年以降毎年25週間増加、2031年に1000週間となるという改革が実施中である。)

19年間以上年金を納め続けてようやくもらえる年金だが、受け取れる金額は退職前に受け取っていた給与の平均約28%となると予測されている。

こうした現実があるにも関わらず、目の前の生活で一杯一杯で、将来に備えて貯金なんてできない!というメキシコ人が本当に多い。先々苦しい思いをするのはわかっているが、どうにかする手段もなく、とりあえず今楽しければいいや、という人が溢れている。

メキシコ人の気質

上記の内容を見て感じることは人それぞれだと思う。先々のことを考えないなんて馬鹿だなぁと笑い飛ばす人もいるだろう。逆に自分は将来のことばかり考えて今を楽しめていないと感じる人もいるかもしれない。

それはぼくらが日本人だから考えられる内容であり、ある意味では無意識のうちにメキシコ人を下に見て、マウントをとっているのかもしれない。

先進国と途上国の考え方の違い

日本のように先に高度経済成長を遂げ、成熟した国家となって国々では、

安定した環境で、人生計画を長期に渡って立てることができ、安定性に価値が置かれる。「予期せぬ出来事」に出会うことを嫌い、事前に計画し、予防することが求められる社会でもある。忍耐力が成功の秘訣であるとまことしやかに言われ、大企業が多く、社会・組織がヒエラルキー化されている

といった特徴がある。

一方で、経済成長が遅れ、現在成長しつつある国は、上記先進国に使われる立場だった(もしくは現在もそうである)ため、

常に政治・経済が不安定であるため、激動の日々に常々適応していかなければならない。「予期せぬ出来事」が日々起こる中で計画を立てることは難しく、「安定性」よりも「柔軟性」が求められる。

という特徴があり、上記先進国の考え方が通用しにくいのが現実である。

メキシコで仕事をし始めた当初はこのギャップに苦しむことも多かった。日本本社や日本人上司からは、徹底的に計画を立て、予想外の事態を未然に防ぎ、結果を出すことを求められる。

一方でメキシコ人スタッフは柔軟で、まずやってみる、問題や想定外の事態が起こったらそのときに考えればいいという考えの人が多い。メキシコ人から「どうして日本人はまだ起こっていないことを心配するのか」と質問されて答えに詰まったことをよく覚えている。

メキシコ人はさまざまなケースに柔軟に即座に対応でき、決断•判断が早い。一方で精度が低いので、大きな問題に直面するリスクや効率の悪さはある。

日本人は想定外が起こらないように事前にできることは全て計画し、様々なケースを想定してから動くため、精度が高く、取り掛かってからの効率は良く、リスクを回避することができる。一方で、決断•判断が遅く、想定外のことが起こったときの柔軟性が低く、対応力が低いというところが短所である。

また、メキシコ人は社交的で儀礼的ではあるが、自分の都合や利益を優先する社会でもある。感情表現も率直である。

集団秩序よりも個人の自由を優先し、会社や地位よりも家族や宗教上の教えを大事にする。やる気の原動力は家族や社会から認められること、プライドを保てることが重要である。

言論の自由を重視しており、会議中であっても活発に意見を発信する人が多い。日本人はあまり他の人に意見したり、反論したりするのが苦手なのとは対照的である。

ただ、基本的に自分の間違いを認めたがらず、言い訳が多いのも特徴である。これはメキシコ人の気質による部分と、日本と違って終身雇用的な価値観、システムがなく、会社に損失を出したり、問題を起こしたりすると会社をクビになってしまうリスクと常に背中合わせになっている部分も大きいと思っている。

メキシコ人との付き合い方

どちらが良い悪いではなく、そうした特徴があるということを頭に入れておかなければならない。

日系企業のメキシコ法人では、圧倒的マジョリティのメキシコ人に対し、少数派の日本人が上層部にいることが多く、こうした特徴を理解しないままに強引に仕事を進めようとして日本人とメキシコ人の間に溝ができるケースも多い。一度溝ができるとそれを埋めることは容易ではなく、面従腹背の人間関係になってしまうこともある。

駐在員時代はこうした背景を知らない、理解していない、井の中の蛙的な日本本社の人からの叱責等が大きなストレス要因であった。駐在員の約30%はうつ病発症のリスクがあると言われているが、主として日本サイドの理解のなさが要因だと感じた。

駐在員としてメキシコでストレスをコントロールしながら働くためには、こうした特徴を理解した上で違いを認めること、メキシコ人にとって働くことの意味を理解すること。現地のやり方がいいと思えば自分のやり方、日本的なやり方を変える柔軟性、進んでそうした異文化を受け入れる姿勢と能力が重要である。

違いを受け入れることが一番大事

何度も言うが、どちらが良い悪いではなく、そうした違いがあることを受け入れられる度量と寛容さが必要である。メキシコ人は一般的に日本人のことを尊敬してくれている。その尊敬や期待を裏切ることなく、日本人とメキシコ人の良いところを組み合わせていくことで、決断•判断が早く、リスクコントロールができるビジネスが構築できると信じている。

とはいえ、グローバル化した現代では、世界の不安定さは増している。ある意味で「頭打ち」してしまった先進国よりも、今後は柔軟に対応する能力に長けた国々が大きく成長し、現在先進国と呼ばれる国々を簡単に追い越してしまう可能性もある。ぼくたち日本人も、日本人であることに胡座をかかず、日々新しいことを学び続ける姿勢が最も重要だと思う。

せっかくメキシコに来るのであれば、新しい考え方や生き方を見つけるチャンスだと思って、ぜひ前向きに取り組んでもらいたい。これがメキシコのことが大好きなぼくの願いである。